義母は突然亡くなった。長男が産まれる1か月前のことだった。
残された義父は、悲しむ間もないまま、一人の生活が始まった。親の世代にはよくあることだが、退職後、義母に生活のすべてを任せていた義父には生活能力がなかった。料理や洗濯・掃除はおろか、ATMでお金も下せない。すぐに生活は破綻した。
行政や親せきの支援を受け、今は問題なく生活を送れている義父だが、「老後」問題はだれにとっても深刻だ。
書籍でも「老後」問題に言及するものが増えている。カレー沢薫「ひとりでしにたい」はNHKでドラマ化され、ジェーン・スー「介護未満の父に起きたこと」も在庫切れを起こすほどの売れ行きだ。
人生100年時代。私たちは自身の老後について、どのように対策を練ればよいのだろうか。
あらすじ
「ひとりでしにたい」カレー沢薫・ドネリー美咲(講談社)
独身でアイドルの推し活をしている主人公・山口鳴海は、同じく独身だった叔母の孤独死から自分の生き方を見つめなおす。
あらすじ
「介護未満の父に起きたこと」ジェーン・スー(新潮社)
日本には様々な介護サポートや支援があるが、いきなり「介護」認定されるわけではなく、その前段階がある。一人暮らしをしている父親の生活をサポートすべく、一人娘である著者が七転八倒した5年間の記録を綴った。
人を頼る
「ひとりでしにたい」の第3話はこんな独白で終わる。
ひとりでしぬとは ひとに頼らないことではない(「ひとりでしにたい」 1巻第3話)
すべてはこの一言に尽きると私は思う。
「介護未満の父に起きたこと」でも、作者のジェーン・スーは父親の快適なひとり暮らしのために、あらゆるサービスを活用する(UberEats・家事代行・不用品回収業者…)
特に、不用品回収などは、親子間の捨てる捨てない論争が起きやすいが、業者など第三者を交えると、すんなりいくことが多い様子。また、年齢を重ねるにつれて片付けや不用品の廃棄は体力的にきつくなってくるものだ。
若い時には気力体力で解決できた問題も、歳をとるほど金で解決した方がいい。
なお、独身のための「後見人」や「葬儀サポート」もサービスとしてあるようなので、活用してみるもの手の一つだろう。
一人の人間であると尊重する
「介護未満の父に起きたこと」で最も印象的なのは、ジェーン・スーはあくまで父親を「一人の人間」であることを尊重し、サポートといえども踏み込みすぎないことを徹底しているという点。父と娘、家族といえども相手を一人の人間として関わっている。
もちろん、作者の父親が娘の話をよく聞く、穏やかな人柄というわけではなさそうだ。作者自身が「父は往年のミック・ジャガー」と評しているように、食事の手配をしても食べず、家事代行のスタッフとも相性がよろしくない。
それでも作者はあの手この手で父親のサポートを行っている。失敗の繰り返しでも親子の縁が切れないのは、互いの生活に踏み込まずに、「一人の人間」として尊重しあっているからであろう。
「ひとりでしにたい」序盤では、主人公鳴海の両親に熟年離婚の危機が迫る。
こちらも「定年退職し毎日家にいる夫に愛想を尽かして離婚を切り出す妻」という、聞き飽きたようなパターンだが、鳴海は両親の離婚をきっかけに、自分以外の「他人」と向き合うようになる。
アイドルの推し活や仕事で自分のことしか考えていなかった鳴海は、孤独死をきっかけに両親や弟とその妻、元カレと向き合い、対話し、仲良くはならずともせめて他人を理解しようと努力する。
序盤の山場である、離婚に踏み出す母親との対峙(3巻 20~21話)では、これまで自分を育てた母へのリスペクトを伝える場面がある。
他人を尊重し、理解することは、死ぬまで良好な人間関係を保つための必須条件である。
情報は自らやってこない
日本の福祉は手厚い。それなのに、介護問題が社会から消えることがないのは、福祉サービスや支援を正しく受けられる人が非常に少ないからだろう。
情報にたどり着けるか否かが、介護者と被介護者の運命を分ける。嫌な言葉だが、「情報弱者」は損をするのが現状だろう。(「介護未満の父に起きたこと」 P.161)
「ひとりでしにたい」では、鳴海の父が老いてからの情報収集のハードルの高さを折に触れて述べている。
「何故俺が 銀行に丸投げしようと思ったかお前たちにわかるか?」
「このページは字が小さい」
「読めないというか小さい字が並んでいる時点で読む気をなくす」
「そしてすぐ疲れる」「長い時間読めない!」(「ひとりでしにたい」 第4巻 23話)
鳴海の父親の言葉だ。彼は、家計の見直しのため「投資」に興味を持つが、多岐にわたる金融商品を理解しきれずに、会社員時代に縁のあった銀行員に丸投げする。
「こんな老いぼれにはなりたくない!」と誰しも思うが、老いは全員にやってくる。そして、現役世代でさえ仕事や子育てで日々疲弊し、すきま時間をスマホのスクロールのみで生きている現状、自分の老後のための情報収集などできないのだ。
「介護未満の父に起きたこと」「ひとりでしにたい」でも、様々な介護サービスや公的支援の情報が紹介されている。YouTubeなどでもわかりやすく紹介されているので、情報を得ようとすれば誰でもアクセスすることは可能で、助けさえ出せば手を出してくれるのが、この国の仕組みだ。
しかし、情報を得るまでのハードルがなかなか高いのも事実。
ジェーン・スーも父親の介護を見越して地域の包括支援センターをネットで調べるも、「まるで分らなかった」と述べている。
結果、彼女は自身の知り合いで介護を経験した女性からアドバイスをもらったところ、支援を受けるまでの細かい手順を知ることができ、地域の支援に対しての解像度が格段に上がったそうだ。
どれほどわかりやすい記事やHOWTO本を読んでも、面着で教えてもらう経験談に勝るものはない。ここでも、人とのつながりや他人に頼る力が求められている。
成果から必要なことを逆算しよう
老後問題に足を絡めとられないためにはビジネスライクにいこうと、ジェーン・スーは作中で述べる。中でも、役に立ったのは「成果から逆算せよ」という考え方だそうだ。
「どのような成果(結果)を得たいか」をまず考え、それを実現させるためのタスクをどんどん考えていくというもの。
「成果」とは、ジェーン・スーの場合「父が精神的・肉体的に健やかなひとり暮らしを一日でも長く続ける」で、鳴海の場合は「自分の時間と金を自分で使うため、ひとりで死ねる人生設計」だ。
まずは「どのような人生の最後を迎えたいか」を自身に問いかけ、人生を見つめなおすことから、終活は始まる。
今回紹介した2作品には、その「成果」を得るための様々な方法が惜しげもなく掲載されている。終活の副読本として、ぜひ活用していきたい。


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